福岡地方裁判所 平成4年(わ)220号 判決 1992年8月19日
主文
一 被告人Kを懲役二年六月に、同M及び同Nを懲役一〇月に各処する。
一 この裁判確定の日から三年間それぞれその刑の執行を猶予する。
一 被告人Kから金一三五〇万円を追徴する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人Kは、福岡県鞍手郡小竹町総務企画課長として上司の命を受け同町の行う土地の取得及び同町の所有する土地の管理処分に関する事務並びに同町区域内で行われる開発行為の総括に関する事務などを処理する職務権限を有していたもの、被告人Mは、日本鋼管工事株式会社ミッションバレーゴルフ場建設準備室員として、ゴルフ場の経営等を目的とするA社(代表取締役T)が右小竹町区域内等において進めていた同ゴルフ場建設に関し、日本鋼管工事株式会社が同社から受託していた同ゴルフ場建設用地の買収及び同ゴルフ場建設に関する利害関係者らからの同意の取り付け等の業務に従事していたもの、被告人Nは、かねてからゴルフ場等の開発事業を手がけており、右日本鋼管工事株式会社から同ゴルフ場建設に関する右業務等を受託していた株式会社キャピタルエンタープライスから更に委託を受けて被告人Mと共に同様の業務に従事していたものであるが、
第一 被告人Kは、
一 A社が、小竹町区域内等において右ミッションバレーゴルフ場を建設するに当たり、同町区域内にある同ゴルフ場建設予定地のF社所有地を小竹町が同町所有地と交換して取得し、これをA社に払下げる手続を同被告人が積極的に推進するなどの好意ある取計いをしたことに対する謝礼の趣旨及び将来も同被告人から同様に好意ある取計いを受けたいとの趣旨の下に締結されるものであることを知りながら、平成二年八月中旬ころ、同町大字勝野三三四九番地所在の同町役場内において、被告人Nを介し、A社との間で、被告人Kの所有する同郡宮田町大字龍徳奥百合野二三番七所在の宅地(面積三三七平方メートル)及び同地上の車庫一棟(以下、本件不動産、本件土地、建物ともいう。)を代金一二〇〇万円で同社に売却する旨の契約を締結した上、右Tから、同年一〇月二日ころ、同県飯塚市大字中三二二番地の二所在のレストラン「シャトーブリアン」において、被告人Nを介して右売買代金の内金名下に現金五〇〇万円の交付を受け、更に、同年一一月一五日ころ、肩書住居記載の被告人K方において、被告人M及び同Nを介して右売買代金の残金名下に現金七〇〇万円の交付を受け、もって、被告人Kの前記職務に関し、現金合計一二〇〇万円の供与を受けて賄賂を収受し、
二 Dと共謀の上、同年一二月二九日ころ、同郡小竹町大字勝野四〇五四番地の一所在のD方において、右Tから、小竹町が前記のとおりF社所有地を同町所有地と交換し、これをA社に払下げるに際し、同町議会に付議される右土地交換に関する議案及び右土地払下げ処分に関する議案等の審議を行うに当たり、同町議会議長として同町議会に付議される議案の審議、議決のため、他の議員に対して発言、表決についての意見交換、調整を行うなどの職務権限を有していたDが他の同町議会議員に対して同議案に賛成するよう働きかけるなどの好意ある取計いをしたことに対する謝礼の趣旨及び将来もDから同様に好意ある取計いを受けたいとの趣旨の下に供与されるものであることを知りながら、現金三〇〇万円の供与を受け、もって、Dの前記職務に関して賄賂を収受し、
第二 被告人M及び同Nは、右Tと共謀の上、前記第一の一記載の趣旨の下に、同年八月中旬ころ、前記小竹町役場内において、被告人Nを介して、同記載の売買契約を締結した上、被告人Kに対し、同年一〇月二日ころ、前記レストラン「シャトーブリアン」において、被告人Nが右売買代金の内金名下に現金五〇〇万円を交付し、更に、同年一一月一五日ころ、前記被告人K方において、被告人M及びNが右売買代金の残金名下に現金七〇〇万円を交付し、もって、被告人Kの前記職務に関し、現金合計一二〇〇万円を供与して、賄賂を供与し
たものである。
(証拠の標目)<省略>
(判示第一の一及び第二の事実について予備的訴因を認定した理由)
一 判示第一の一及び第二の各事実について、検察官は、主位的訴因として、被告人Kが交付を受けた現金一二〇〇万円はA社が本件不動産を譲渡担保として同被告人に融資したものであり、収受された賄賂は同額の金融の利益である旨主張するので、以下、予備的訴因を認定した理由を説明する。
二 関係各証拠によれば、KとA社の間で本件ゴルフ場開発に関してKから好意ある取計いを受けたことに対する謝礼及び将来も同様の取計いを受けたいという趣旨の下で本件不動産を一二〇〇万円で売買する旨の契約が成立したこと、その後、売買に関してKが負担することになる租税を免れるため、本件不動産を譲渡担保とし、Kの娘を借主とする金銭消費貸借を仮装したことが明らかである。したがって、主位的訴因を認めることはできないが、予備的訴因は十分これを認定できる。
三 なお、弁護人らは、本件においては、A社からKに一二〇〇万円が交付される一方で、K所有の本件不動産がA社に譲渡されているので、本件金員の賄賂性については疑問があると主張する。しかしながら、売買契約成立に至る経緯を検討するに、本件不動産はA社にとってはそもそも不要な土地であり、売主がK以外の者であればたとえ時価相当額であっても買ったとは考えにくい土地であったこと、売買価格は、約二年前の取得価額を大きく上回っており、不動産鑑定士らによる当時の評価額も一二〇〇万円には及んでいないこと、K自身もA社側の関係者も、本件不動産の価格として一二〇〇万円は高いという認識を持っていたこと、当時の開発の進行状況に照らして、A社としては、それまでのKの尽力に対する感謝の念と、今後もKの協力が必要だという判断に立って、一二〇〇万円で本件不動産を買受けることとし、一二〇〇万円を交付したこと、KもA社側のこのような意向を十分認識していたことが認められる。してみると、売買代金名下に交付された一二〇〇万円は、Kの公務員としての職務に関して交付された賄賂であると認めるのが相当であり、右金員が売買代金として交付されたからといって、賄賂性の有無に影響を及ぼすものとはいえない。したがって、弁護人らの右主張も採用できない。
(法令の適用)
被告人Kの判示第一の各所為は、いずれも刑法一九七条一項前段(判示第一の二の所為については更に同法六五条一項、六〇条)に該当するが、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、犯情の重い判示第一の一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人Kを懲役二年六月に処する。
被告人M及びNの判示第二の各所為は、いずれも行為時においては同法六〇条、平成三年法律第三一号による改正前の刑法一九八条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては刑法六〇条、右改正後の刑法一九八条にそれぞれ該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときに当たるから、刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人M及び同Nをいずれも懲役一〇月に各処する。
情状により、いずれも同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間それぞれその刑の執行を猶予することとする。
判示第一の各犯行により被告人Kが収受した賄賂はいずれも没収することができないので、同法一九七条の五後段によりその価額(判示第一の二の犯行により同被告人が分配取得した賄賂の価額は一五〇万円と認められる。)合計金一三五〇万円を同被告人から追徴することとする。
(量刑の理由)
本件は、福岡県鞍手郡小竹町等におけるゴルフ場開発をめぐり、同町関係者と開発業者との間で生じた贈収賄事件であるが、連続して二回に亘って犯行が行われていること、授受された金員が合計一五〇〇万円とこの種事案としては相当多額に上ること、収賄者が、町行政の中枢に位置する幹部職員であり、一件については町議会議長との共同犯行であること等の事情に照らすと町政に対する町民の信頼を著しく損い、地方自治の根幹を揺るがしかねない甚だ悪質な犯行というべきであって、かかる重大な結果を惹起した被告人らは、いずれも強い非難を免れない。
中でも、被告人Kは、小竹町の総務企画課長として、その大きな権限に相応した責任を認識し、慎重かつ自制的な行動が期待されていたにも拘らず、派手な生活による多額の借金の返済に窮し、偶々、同町内でゴルフ場開発事業が進められており、自己が行政側の実質的な責任者として関与していたことを利用して、開発業者に自己の所有不動産を高値で買取るよう執拗に迫ってこれを買取らせた上、同町議会議長であったDがその地位を利用して開発業者に金をたかった事件にも積極的に関与して分け前を得たほか、本件以外にもDから多額の金員を受領しており、その金銭感覚の麻痺振りには驚かざるをえず、その責任は相当に重い。
しかし、同被告人は、犯行発覚後は事実の大要を認め、公判廷でも今後二度とかかる犯罪を繰返さない旨誓うほか、犯行後就任した小竹町助役の職を辞するなど反省の情を示していること、本件が発覚したことにより同被告人はその社会的地位、名誉を失い、既に一応の社会的制裁を受けていること、同被告人には前科前歴はないこと、その妻も、同被告人を指導監督し、その更生に協力する旨公判廷で誓約していることなど、同被告人に有利に斟酌すべき事情も認められる。
次に被告人M及びNは、A社側で開発業務の実務を担当し、一二〇〇万円の賄賂については、その交渉の過程で実質的な役割を果している上、Mにおいては贈賄資金の調達及び現金の交付、Nにおいては現金の交付という重要な役割を果しており、その刑責はいずれも軽視しがたいものがある。
他方、被告人M及び同Nは、A社側で意思決定をする立場にはなく、TらA社の首脳の指示を仰いで行動していたものであること、犯行発覚後は反省の態度を示していること、見るべき前科前歴がないことなど両被告人に有利に斟酌すべき事情も認められる。
これらの事情を総合考慮すると、被告人らに対しては、社会内における自力更生の機会を与えるのが相当である。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官名<省略>)